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更新日:2015年2月13日

柏崎市名所案内「不求庵跡(ふぐあんあと)」

貞心尼が22年間を過ごした庵の跡

嘉永4年(1851年。貞心尼が54歳のとき)4月、10年間住んだ釈迦堂が類焼したので、外護者の山田静里らが中心となって、広小路真光寺の側に八畳・四畳・三畳の庵室を建ててくれました。「不求庵」と名付けられたこの庵に貞心尼は、弟子の孝順尼(19歳)とともに、9月中旬頃に移り住みました。貞心尼の不求庵の生活は、時々、山田静里らの風流人が集まって歌会を催していたので、平和な日々を送ることができました。

安政6年(1859年。貞心尼が62歳のとき)5月14日、長岡市荒屋敷町の高野治郎兵衛の娘で、常福寺広寛禅師の実家の生まれの智譲尼が8歳で弟子となりました。同年12月8日、剃度師であった泰禅和尚が示寂されました。
貞心尼はここで没すまで22年間住み、明治5年2月11日の午前2時過ぎ、静かにこの世を去られ、75歳の生涯に幕を降ろしました。
病の床につかれてから、死期の近づいたのを知ったのか、「玉きはる 今はとなれば みだ仏といふより 外に言の葉もなし」「あとは人 先は仏に任せおく おのが心の うちは極楽」などと詠んでいます。


辞世の歌
「くるに似てかへるににたりおきつ波 立居は風のふくにまかせて」

▼不求庵跡(ふぐあんあと)の様子

写真:フグアンの跡地には、いくつかの石碑と、観光案内の看板が建っています

写真:フグアン跡には、規模の小さい赤い鳥居もあります

写真:フグアン跡には、大小さまざまな石碑が並んでいます

場所

柏崎市西本町2丁目地内

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産業振興部商業観光課観光振興係

新潟県柏崎市中央町5番50号 市役所 本館3階

電話番号:0257-21-2334

ファクス:0257-24-7714

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