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更新日:2019年10月4日

令和元(2019)年度の市長随想

このページは、「広報かしわざき」に掲載した記事をもとに作成しています。

 野分(のわき)(令和元(2019)年10月号)

生温かな風が吹いている。台風の余波だという。千葉では停電が続き、残暑の中、ご高齢の方をはじめ熱中症も心配されている。改めて、異常とも思える自然現象、科学技術、人間との関係を考えさせられる。被害が拡大しないことをお祈りし、被害に遭われた皆さまに心からお見舞いを申し上げる。

台風はもともと中国で、激しく強烈な風「大風(タイフーン)」と呼ばれ、英語のtyphoon になり、逆輸入されて「颱風」になり、台風になったと聞いた。

今更であるが、風とは空気の動きである。この秋の激しい空気の動きを日本人は野分と呼んできた。言葉としては美しい日本語の一つだと思う。源氏物語でも使われ、また漱石の小説「野分」冒頭部分はこんな感じである。

「始めて赴任したのは越後のどこかであった。越後は石油の名所である。学校の在る町を四五町隔てて大きな石油会社があった。学校のある町の繁栄は三分二以上この会社の御蔭で維持されている」

この地で黄白(金)万能主義を戒めた教師、主人公道也(どうや)は果たして町の有力者には生意気、無能、高慢と評され、彼にとっての最後の望み、つまり生徒からも見下された。結果、「道也は飄然(ひょうぜん)として越後を去った」のである。

空気を読むことも大切であり、風を起こすことも大切なのだと思う。風は気圧の変化によって起こる。起こすことができる。「空気のような存在」と無価値のように扱われるときもあれば、暴風となり人を傷つけることもある。時に人をまどろませ、安らぎをもたらすそよ風もある。私はまだ風の使い手ではない。アランは「足元を見よ。遠くを見よ」と書いている。野分という美しい言葉に潜む大きな力を畏れ、備えなければならない。ただ、私たちは台風一過の高い、爽やかな青空も知っている。待ち望み、信じている。

写真:青空に色とりどりの風船が登っていく様子


広報かしわざき令和元(2019)年10月号(ナンバー1207)

 ガタガタ、ブツブツ(令和元(2019)年9月号)

写真:たくさんのステッカーが貼ってあるスーツケーススーツケースがガタガタ言っている。25年ものである。引っ張っていて我ながら恥ずかしい。最近のものは静かである。主張しない。昔は、オレはこんなところも行ったぞ、とステッカーをベタベタ貼ったものがよく見受けられた。鼻持ちならない輩が多かった。スマートではなかった。私のものもキャスターはタイヤが欠け、ベアリングもCRCを3リットル吹き掛けてもダメである。間違いなく買い替え時なのだ。しかし、である。なかなか思い切りがつかない。

私は基本的に物持ちがいい。例えば、服など子どもたちのお下がりを身に着けている。三兄弟もそれぞれ高校生ともなれば私と皆背格好も同じようなものとなり、そして彼らが家を出た時、私のタンスに物品の一部が意図的に、あるいは無意識に投げ込まれるのである。この高等戦術にうかつにも引っ掛かるのが哀れな私である。

さて、私が所持し、かつ現役、一番古いものは何であろうかと考えてみた。結論は圧倒的な大差で、山のザックであった。高校2年の時にバイトをして買ったものであるからちょうど40年である。10年ほど前から本来的な目的ではなく、キノコ採りに使われるようになった。さすがにもう終わりか、と思った時も、ニコニコ通りの小林カバンさんに直して頂き復活した。故に今も20キロの天然ナメコも大丈夫なのである。

ということで28年もの、ではない、女性のわが妻からも、時にブツブツ言われるが、私は大事にしているつもりなのである。ささいなことでガタガタ言わないのが大人なのであろうが、私はこのスーツケースの持ち主である。伝統、古いものを大切にし、かつ、しがみつかない、とどまらない、新たなものを見いだす、洗練された田舎を目指す私に他意は無い。

 

広報かしわざき令和元(2019)年9月号(ナンバー1206)

 人間の三欲(令和元(2019)年8月号)

コツコツ貯筋体操センターがオープンしました。東本町1丁目、柏崎ショッピングモール「フォンジェ」2階です。無料です。

脳年齢の測定装置も準備しました。エアロバイク(自転車こぎ)も3台用意しました。私も口の動きから、老化具合を確認するテストを受けてみました(脳年齢は怖くてノウでした)。「パパパ…」「ガガガ…」「ハイ、終わり!」「どうだった?」「ええっと、年相応です!」口は自信があっただけに少しがっかりでした。

見回すと女性が多いのです。9割ぐらいでしょうか。
私「今度、旦那さんも誘って来てくださいよ」
女性A「死んだの、旦那は。だから来られんの」
女性B「ウチもそう、だからこんが笑ってられんの。シャベッチョしてられんの」
私「…そうですか」

笑い話のようですが実際なのでしょう。ご家庭での介護の様子が垣間見える話です。昔、「亭主元気で留守がいい」などと、やゆされることが多かった中高年の男性ですが、最近はさらに、なのでしょうか。

テレビCMでは健康補助食品、サプリメント関連が目立ちます、というかそればかりです。健康への意識の高まりは著しいものがあります。食欲、性欲、睡眠欲が人間の三欲と呼ばれるものですが正に個人的なものです。その一つ食欲に関して古くは貝原益軒「養生訓」にある「腹八分目」が目指すところなのでしょう。

公が果たす役割は個人の領域に関して限定的であるべきだ、というのが私の一貫した考えです。医療費、介護費用の抑制という公の大目標もありますが、皆さん、個人、公それぞれの役割を一緒にお考えいただきたいのです。父ちゃん、ショッペもんあんま食わんで、酒控えて、運動しなせ! スイーツ女子、注意!

写真:3人の女性がエアロバイクに乗り、運動しています。
コツコツ貯筋体操センターでは、街並みを見ながらエアロバイクで運動できます。

広報かしわざき令和元(2019)年8月号(ナンバー1205)

 雨の思い出(令和元(2019)年7月号)

窓の外を見ると雨が降っている。思い出すのは東京・荻窪のアパートである。エアコンも風呂もない一室で5年を過ごした。ある時、東に開いた窓から稲妻が見えた。ピカッと光り、すぐにドンガラ、と来たから近い雷だったのだろう。果たして間もなく雨が降り始めた。古い表現で言えば車軸を流すような、村上春樹風に言うならば「すごおーい雨」である。「1978年がそうであったように」私は荻窪の雨を窓を開けたまましばらく見ていた。雨の向こうに何を見ていたのだろうか。

1978年、昭和53年、私は16歳の高校1年生だった。山岳部に入り、遠征資金を捻出するため柏崎日報配達のアルバイトを始めた。そして7月、大雨となり私の配達区域、柳橋、関町、宮場、城東は水に浸かった。もちろん私は被害を受けた皆さんのお気持ちなどをわきまえない不遜な高校生だった。何よりも洪水というものはどういうものなのか見たかった。自転車に配達分の新聞を載せ出掛けた。路上を錦鯉が泳ぐようなルートを進んだ。想像の通り私は自転車、新聞もろとも水没した。40年も前の雨である。高校生だったのだ。

さて、57歳の雨である。
「ああー、さあさ!」1カ月前に買い、植え付けたばかりのイチジクを根元から切ってしまった。番神の畑で、新鋭機による草刈りに励んでいた時のことである。調子に乗っていたらこの通りである。愚かな涙雨である。

50年も続いた鵜川診療所を閉めさせていただいた。野田診療所への統合である。患者さんと思われるお一人お一人に頭を下げる。ご婦人「しかたねえさ。がんばんなせえ」三浦公一郎先生「鵜川の人の恕の心、つまり寛容の精神が事態を静かに受容せしめた」染みわたる。情けの涙雨である。

広報かしわざき令和元(2019)年7月号(ナンバー1204)

 海の季節が来た!(令和元(2019)年6月号)

「今日は母の日です」というオールジャパンのキャンペーンを「ほう」とやり過ごし、カーネーションを買うこともなかった。へそ曲がりなのである。お花屋さん申し訳ありません。6月16日は父の日です。

世の中「○○の日」というものが無数にある。いわゆる語呂合わせである。ちなみに6月は3日ムーミンの日、何をするのであろうか「こっちむいて!」と仲直りをする日であろうか。翌4日は「虫の日」となっているが、もちろん「無私の日」の方が人類のためである。9日が「ロックの日」というのは笑える。和製である。全くロックンロールしていない。

7月ともなれば7日は「川の日」、第3月曜が「海の日」、「山の日」は8月11日となっている。

さて、私は山の男と思われているが、海でも長年遊んできている。漁師になれ、と言われたら結構いけると思う。川では実際に内水面漁業協同組合員である。

荒浜では先般「荒浜いわしまつり」が開催され、千人を超えるにぎわいであった。子どもたちが海の柏崎の恵みを味わう、良いことであり、大切なことだと思う。

近くの海洋生物環境研究所の皆さんが漁協と協力しながらヒゲソリダイの養殖にも成功した。今年は少ない額だが市の予算にも盛り込んだ。多くの皆さんに味わっていただきたいが、まずは理容組合の皆さんにお願いしたいと考えている。名前が名前ですからね。

以前、長野から来た子どもを番神に連れて行ったことがある。初めての海で波をかぶったその子はこう言った。「オジさん、この海、塩の入れすぎだよ」食生活改善推進委員の皆さんに報告しなければならなかった。長年の海暮らしのせいか私の血圧も最近高いのである。

写真:背びれと尾びれが黄色で、体にしま模様のあるヒゲソリダイ
ヒゲソリダイ(模様のある大きいものが成魚、小さく黒いものが稚魚)

広報かしわざき令和元(2019)年6月号(ナンバー1203)

 柏崎の「令和」(令和元(2019)年5月号)

天拝山、皆さんご存知でしょうか。椎谷にあります。天を拝む山。スケールが大きい。青海川、青い海と川、日本で一番美しい地名である、と名刺の裏に刷り込みました。

私は柏崎市内約3百の町内、集落全てを歩いてきました。高柳塩沢から山中まで、蚕棚の名残でしょうか、屋根に特徴のある家屋が点在しています。宮川神社社叢、本来暖かいところに生えるシロダモの木の群生は極めて貴重だと文化財の指定を受けています。

西本町3、鵜川町は昔、御坊町と呼ばれ、寺も多く残っています。柏崎で一番古いと思われる淡いグリーンの街灯もまだ機能しており、レトロです。昭和33年製。ウチの職員の調査です。喬柏園、現在の「まちから」かつての庭を潰してしまったのは全く残念でした。中段、上段の間を備えた空間は我々男子の冒険の場でもありました。

善根の石川峠から見る鯖石郷は美しい。今はもう時期を過ぎましたが、桜並木も見事です。野田の小村峠から見る黒姫は高度感も、広がりもあり、ダイナミックな展望です。西山連峰。出雲崎小木ノ城まで続くスカイラインは気持ち良いハイキングコースです。人工物たる米山大橋の赤、手前の海の青、背景米山の新緑。このコンビネーションは柏崎を代表する景観だと思います。

令和元年薫風五月。令和、英語での説明はbeautiful harmony「美しい調和」と公式発表されました。古いもの、新しいもの、人工、自然。柏崎の「令和」を見つけましょう。大切にしましょう。紹介した場所は全て車でも行けます。そして、歩きましょう。

写真:雪が残っている森。木々の根元だけ丸く雪が融けています

広報かしわざき令和元(2019)年5月号(ナンバー1202)

 福島の春(平成31(2019)年4月号)

まずは訂正です。
先月号でお伝えした西山・伊毛の看板は「古代椿」から「ヤブ大椿」と変えられました。「やぶから棒の」対応に私もついていけませんでした。

写真:オオイヌノフグリ福島を訪れました。梅の花が満開でした。荒れた農地には除染された表土と思われる黒い大きな土のうが積まれ、その間にはヒメオドリコソウの紫とオオイヌフグリの瑠璃色が鮮やかでした。

私は8年前の3月31日に文章を書き、公開し、半年後の10月、その内容を新聞に折り込み、市民の皆さまにお伝えし、政治から身を引きました。

原発に対する私の不明を記し、基本的に地震国である日本は原発から撤退するべきである、という内容であり、しかし、国民の生活のためにも日本経済のためにも当面の間の原発の稼働は全く皮肉だが認めざるを得ないという内容です。限定的な使用、徐々に確実な廃炉ということです。今もその考え方は変わっていません。

8年後の福島ではダンプ、トラックが行き交っています。活気があります。戻ってきてくださることを期待して、さまざまなインフラ整備と除染が進められているのです。
しかし、双葉町の住民意向調査によれば回答者の61・5パーセントが「戻らないと決めている」とその意志を表明されています。

20年前、当時原発容認派の私は原発反対派の市議と共にデンマーク環境省におりました。幹部とエネルギー政策を語るその人は最後にこう言いました。「矢部忠夫、今後も核のない、原発の無い世界のために頑張ります、櫻井これを通訳してくれ! 武士の情けだ」私はその時のことを懐かしく、そして誇らしく胸に刻んでいるのです。年月は過ぎました。矢部さん、お疲れさまでした。

広報かしわざき平成31(2019)年4月号(ナンバー1201)

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