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更新日:2019年2月5日

市長随想(広報かしわざき平成31(2019)年2月号)

このページは、「広報かしわざき」に掲載した記事をもとに作成しています。

武士(もののふ)の最期

丸山敏彦柏崎市議会議長がお亡くなりになった。満81歳。9期、約36年、市会議員をお務めになった。私は28年前から28年間お世話になった。

視察に出掛けた時、私は途中「休憩しましょう。コーヒーでも飲みますか?」丸山さん「櫻井君、それは公費か?」私「いえ、私費です」丸山さん「うん、それならいい」

25年も前の話であった。しゃれを楽しむことができる方であった。

柏崎、刈羽がプルサーマルで激しく揺れ動いたとき、スウェーデン、フィンランドに原子力発電所の使用済み核燃料処分場の視察に出掛けた。丸山さんは原発推進の急先鋒であった。そこに原発反対のリーダー矢部忠夫市議から同道したい、との要請。丸山さんは「よし、一緒に行こう」と快諾された。そういう方であった。

全国原子力発電所立地市町村議会議長会設立、そして原発推進、反対双方の立場を乗り越え、率直な議論をする全国原発議会サミット。丸山敏彦という武士(もののふ)無かりせば実現し得なかった。

私たちの前では、ご夫人のことを荒っぽく呼ぶのだが、車の運転が好きな丸山さんは年に何度もご夫人を脇に乗せ、長距離ドライブに出掛けるのであった。ご夫婦そろってお孫さんが活躍する日吉Tドリームス、
瑞穂中学校、野球の応援に出掛けられた。幼い頃、戦争でお父様を亡くされ、弟さんの進学のために自ら働き、長く一家の大黒柱として活躍された。万葉集を口ずさむことができる教養人でもあった。

あまりにも急であった。お別れの言葉も、何よりも感謝の言葉を申し上げることもできなかった。潔さ、包容力、義を重んずる。柏崎市議会から一人の武士が消えてしまった。

 

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