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更新日:2019年3月5日

平成30年度の市長随想

このページは、「広報かしわざき」に掲載した記事をもとに作成しています。

 3月の花(広報かしわざき平成31(2019)年3月号)

「このあったけえのが!」という言葉も最近聞かなくなった。もちろん、決して褒められた言葉づかいで
はないのだからいいことなのだが、少し寂しい感じもする。

3月ともなれば正に「あったかく」なり、雪解けも始まる。木々の芽も膨らむ。雪国に住む私たちは花の季節を待ちわびている。個人的にはまず紅、白のジンチョウゲの高貴な香り、マンサクの黄色、梅の白が身の回りの花であろうか。

さて、柏崎も各所で春の花を楽しむことができる。今回は西山シリーズ。

伊毛(いも)の椿。いつの間にか「古代椿の郷」という看板もできた。200年とも300年とも言われる椿の大木だが「古代」というのは誇大広告じゃないの? と迫ったのだが「いい、もう!」と返されてしまった。地元の山を整備して、日本中の椿を見ることができるような構想もあると言う。

「私たちIMOです」こんなTシャツもいいと思う。椿油が少し入り、餡も小豆や芋があったりして、シャレも効いておいしい椿饅頭まで作ってしまった伊毛の方々である。IMF(国際通貨基金)でもなく、YMO(イエローマジックオーケストラ)でもないIMO。赤いツバキの花がワンポイント入った「IMO」Tシャツを堂々と、格好良く着てほしいと思う。

▼古代椿の郷 伊毛」の看板
写真:椿の写真や地域の見所などを紹介している看板

「私たちモ族、鯛人です」というTシャツはどうですか? と笠島のヤングミセスに提案したこともある
が、IMOも悪くない。

高内山のカタクリ、大崎の雪割草もシーズンを迎える。それぞれ1時間程度の散策で花を楽しむことができる。沿岸に暖流が流れ、比較的暖かな石地や海沿いにはスイセンが一面に見えたらきれいだと思う。推薦
する。

「このあったけえのが!」皆さんのお声が聞こえる気がする。

広報かしわざき平成31(2019)年3月号(ナンバー1200)

 武士(もののふ)の最期(広報かしわざき平成31(2019)年2月号)

丸山敏彦柏崎市議会議長がお亡くなりになった。満81歳。9期、約36年、市会議員をお務めになった。私は28年前から28年間お世話になった。

視察に出掛けた時、私は途中「休憩しましょう。コーヒーでも飲みますか?」丸山さん「櫻井君、それは公費か?」私「いえ、私費です」丸山さん「うん、それならいい」

25年も前の話であった。しゃれを楽しむことができる方であった。

柏崎、刈羽がプルサーマルで激しく揺れ動いたとき、スウェーデン、フィンランドに原子力発電所の使用済み核燃料処分場の視察に出掛けた。丸山さんは原発推進の急先鋒であった。そこに原発反対のリーダー矢部忠夫市議から同道したい、との要請。丸山さんは「よし、一緒に行こう」と快諾された。そういう方であった。

全国原子力発電所立地市町村議会議長会設立、そして原発推進、反対双方の立場を乗り越え、率直な議論をする全国原発議会サミット。丸山敏彦という武士(もののふ)無かりせば実現し得なかった。

私たちの前では、ご夫人のことを荒っぽく呼ぶのだが、車の運転が好きな丸山さんは年に何度もご夫人を脇に乗せ、長距離ドライブに出掛けるのであった。ご夫婦そろってお孫さんが活躍する日吉Tドリームス、
瑞穂中学校、野球の応援に出掛けられた。幼い頃、戦争でお父様を亡くされ、弟さんの進学のために自ら働き、長く一家の大黒柱として活躍された。万葉集を口ずさむことができる教養人でもあった。

あまりにも急であった。お別れの言葉も、何よりも感謝の言葉を申し上げることもできなかった。潔さ、包容力、義を重んずる。柏崎市議会から一人の武士が消えてしまった。

広報かしわざき平成31(2019)年2月号(ナンバー1199)

 元日の夕日(広報かしわざき平成31(2019)年1月号)

一九九一年十二月三十一日の夕日が

一九九二年一月一日の朝日になって

東の空に昇ったとき

その朝日を

私たちは「初日」と呼びました しかし

今、目の前で赤々と西の山に入りかける

(広報かしわざき平成31(2019)年1月号)私はわからずにいます

この詩は吉野弘氏の「元日の夕日に」の一部です。多くの人が「美しいもの」に気付かず、見過ごすことを氏は「迂闊」と呼び、自ら恥じていらっしゃるのです。

 

まもなく母になりそうな若いひとが

膝の上で

白い小さな毛糸の靴下を編んでいる

まるで

彼女自身の繭の一部でも作っているように。

 

彼女にまだ残っている

少し甘やかな「娘」を

思い切りよく

きっぱりと

繭の内部に封じこめなければ

急いで自分を「母」へと完成させることが

できない

とでもいうように 無心に。

(吉野弘「早春のバスの中で」)

さて、「祝婚歌」や「夕焼け」で有名な吉野氏は数カ月柏崎の住人でいらっしゃったことはあまり知られておりません。やさしさは強さから生まれるのではないか。このように柔らかな視点をお持ちの詩人がかつ
て柏崎にお住まいであったことを私は誇りに思います。

私たちは見過ごしていることがたくさんあると思います。見て見ぬふりをしてきたこともたくさんあると思います。決別いたします。

私は先人、諸先輩の智慧、伝統、歴史を大切なものとしながらも、そこにしがみつかず、とどまらず「強く、優しい柏崎」を作ってまいりたいと思います。今年も何卒よろしくお願いいたします。

広報かしわざき平成31(2019)年1月号(ナンバー1198)

 大根の魅力(広報かしわざき平成30年12月号)

イラスト:ダイコン「拝啓 大根干しの頃…」という書き出しのお手紙を頂いたことがあった。内容は激烈なものだったが、「ダイコンかあ」と少し心和らいだことを覚えている。子どもの頃、私も竹の物干し竿に大根を掛けるのを
手伝ったことを思い出した。

3年前の正月(市長就任前である)母から「番神の畑で大根取ってきて」と頼まれ、三男を引き連れ出向いた。正月と言うこともあり、餅をオロシでさっぱりと頂こう、と素性の良い、大きなものを3、4本抜いてきた。

しばらくして母より電話があった。「アンタ、どこの大根抜いてきたの! お隣の大根抜いて!」「…おい、三男! 俺たち正月からダイコン泥棒をしたみたいだぞ」時効は成立していないが、示談は成立している。

大根は辛味もあるが、ジアスターゼは消化作用もあり、何と言ってもおいしく、身近なものであり、風物詩でもある。一方、大根役者、大根足などと否定的な形容詞句になっている側面もある。

私も市長に就任させていただき2年が過ぎた。サボっているつもりはないし、殊更業績を上げた、という認識もない。ただ、私の行動、施策、物腰、態度、言葉遣い、スピード感に違和感や異論をお持ちの方も
いらっしゃると思う。過日、職員からも、幹部クラスの言動について、批判的な意見が寄せられた。全ては私の責任である。民間企業の柏崎撤退、数多くの第三セクターの危機。見通せない原発の行方。

私はご存じの通り議会出身の市長である。全くの零細ではあるが、民間事業者の末席に身を置いてきたものである。市民の皆さんの感じておられる思いを等しく共有してきたつもりである。議会のお力添えを得
て、大根市長、と揶揄されぬようもう一度謙虚に自分の仕事を進めなければならないと思う。

広報かしわざき平成30年12月号(ナンバー1197)

 矛盾というか…(広報かしわざき平成30年11月号)

ご存じの通り中国の故事である。

盾と矛とを売る者がいた。「私の盾は堅く、何物も通さない。私の矛は鋭く、どんなものでも突き通す」と
いう。ある人が「あなたの矛で、あなたの盾を突き刺すと、どうなる?」と尋ねた。その商人は、答えることができなかった、というものである。以下、柏崎を含めよく聞くことである。

 

病院の待合室での会話「この頃、あそこんちのオトッツアン来ねえけど、どっか悪いんだろうか?」

さまざまな会合にお招きいただいている。多くの方に「体だけは大事にしなせえや」とご心配いただきな
がらお酒を注いでいただく私。

血圧を心配して測ると上がる血圧。

「二度あることは三度ある、三度目の正直、一体どっちなんだ?」と揺れ動いた二年前の私。

8月に閉まったヨーカドーについて「私を含めまちなかの人があまり使わず、買わなかったから撤退したという側面もあります。ですから私たちの責任でもあるんです」と一中地区の地域懇談会での私。その後、ある町内会長さんから「確かに、市長の言う通りだ。柏崎でにぎやかになるのは開店セールと閉店セールのときだけだからのう」その後のヨーカドー長岡、新潟三越の閉店報道。そしてしばらくの盛況。

「信越線の更なる活性化を!」とJR新潟支社への要望活動に向かう交通手段は車。

ここは美しい場所です、と立てる看板、ノボリ。

1人1回の乗車に路線によっては数千円も補助をしているバス路線。

 

 

世の中矛盾のようなものに満ちている。立ち止まって考えたいことが満ちている。本当に大切なものは何か。私自身心したい。

 

ゲーテはこう言っている。誠善きものは近きにあり。

広報かしわざき平成30年11月号(ナンバー1196)

 洗練された田舎(広報かしわざき平成30年10月号)

写真:前回のたんねのあかり。水を張った田んぼには三角のあかり作品が浮かんでいます洗練された田舎とは、決して一方的なものではない。新しいものを求めながらも、「変わる」ことを模索しながらも、伝統や歴史を大切にする文化である。

10月13日、谷根で「たんねのあかり」が開催される。7回目である。私はかつて事務局長を務めていた。中心となっていただいている女子美術大学の下田倫子先生は私のかつての教え子である。10年前、彼女から女子美を離れて20年も経っている私にメールがあり、イベントは始まった。以来、実行委員長をお努めいただいた池田民樹さんをはじめ谷根の皆さん、女子美の学生さんと共に大変お世話になっている。

「たんねのあかり」のテーマは「そこにあるもの」である。アートと日常、都会と田舎、お年寄りと若者を結ぶものである。

人口約200人の小さな集落の試みは注目を集め、メディアに紹介され、全国の小学校の先生方ならば誰もが読む文部科学省の雑誌にも取り上げていただいた。

女子美術大学の当時の理事長、大村智先生から、地域に根差した活動、ということで「大村特別賞」を頂戴した。その後、ご存じの通り先生はノーベル医学・生理学賞を取られた。私たちはお祝いに谷根のお米を送らせていただいた。

今年デビューする柏崎市の認証米「米山プリンセス」のパッケージデザインは下田先生からアドバイスを頂いた。シャープで、温かなデザインである。ノーベル賞の大村智先生に今年、私は柏崎市長として「米山プリンセス」を送らせていただく。

変わること、守ること。柏崎は「洗練された田舎」を目指します。

広報かしわざき平成30年10月号(ナンバー1195)

 獣と出会ったら(広報かしわざき平成30年9月号)

地域懇談会を重ねてきました。さまざまなご意見やご要望がありました。はかばかしいお答えをできずに恐縮しておりますが、「うーん」とうならざるを得ない問題もあります。

「最近、子どもの通学路にイノシシが出るのですが、その時の対処方法などを周知してください」という真剣なお話でありました。この場を借りて識者の見解をお伝えします。

「基本的にイノシシは臆病な動物なので、急な行動をとって、興奮させないことが一番です。急に走り出してはいけません。なるべく背中を見せないよう、ゆっくりと後退するようにしましょう」とのことです。
私自身、柏崎の山中でいろいろな獣に出会っています。イノシシも例外ではありません。長男と鯨波の山に出掛けたときにはウリボウを連れた母イノシシに出会いました。水源地では、私の目の前をカモシカが横切りました。古町ではキツネが田んぼのあぜにいました。

タヌキは市街地にも住んでいます。以前、先輩議員さんに「仕事帰りに道路を横切る○○さんを見かけたんで、お声掛けしようとしましたらホンモノでした」と酒席で話し、散々怒られました。

獣ではありませんが、ブヨの被害もよく聞きます。防ぐには航空防除を復活させればいいわけですが、今の時代そんなことはできません。トンボが増える環境を保持し、ネットを被るしか方法は無いようです。

いずれにしてもニンゲンの行動が自然環境を変え、自らに被害をもたらす、という悪循環があります。笑えない話です。さて、クマのようなヒト、イノシシのようなヒトに出会ったらどうすればよいのでしょうか? 更に悩ましい話ですね。

広報かしわざき平成30年9月号(ナンバー1194)

 昼顔、夕顔、そして朝顔(広報かしわざき平成30年8月号)

かつて私の夏は浦浜にあった。子どもの頃、はだし、海水パンツ一丁でタオルも持たず、自宅から公会堂(今のまちから)の脇を抜け、その頃あった線香屋さんの香りをかぎ、アベック道路を渡ると浦浜であった。砂浜は長く、熱く、文字通り焼け付くがごときだった。波打ち際まで走り、足を水につけるとジュウと音をたてた。充足したのである。

ひとしきり泳ぎ、冷えた体を砂浜に横たえると目の前には昼顔が咲いていた。丸い葉が浜昼顔、細長い葉が昼顔だと教えてもらった。どちらもピンク色の花である。

さて、夕顔は白い花である。なかなか見る機会は少ない。汁の中で独特の臭いを発するクジラと共に透明感を増して、崩れそうになった夕顔は苦手であった(今は好物である)。植物としての夕顔はウリ科である。

源氏物語にも夕顔の巻があるが残念ながらポジティブなイメージではない(この辺りは柏崎植物友の会会長、河合三喜雄先生の『「源氏物語」の植物』をご参照ください)。

そして朝顔である。植物的にはヒルガオ科サツマイモ属だということである。

萩の花 尾花(おばな) 葛花(くずばな) なでしこの花
 女郎花(をみなえし) また藤袴 朝貌(あさがほ)の花(山上憶良「万葉集」)

君こずば 誰に見せまし わが宿の
 垣根に咲ける 朝顔の花(よみ人しらず「拾遺集」)

と古来読まれている朝顔は秋の季語ともなり、本来は桔梗の花だとも言われている。いずれにせよ、朝顔は秋で、「飽き」を象徴しているようである。

朝、昼、夕、皆それぞれだが、顔が夏や初秋、暑い時期に集中することへの疑問は厚顔の私だけのものであろうか。春、冬の顔はいかに。寝付けない夏の夜、考えることは多い。

広報かしわざき平成30年8月号(ナンバー1193)

 文月に日本、柏崎を思う(広報かしわざき平成30年7月号)

7月、文月である。手紙の季節である。七夕から由来するとか、旧暦でいうとお米が実り始める穂含月(ほふみづき)から来ているという説もある。いずれにしても手紙を書くことが少なくなった。もちろん原因は電話、メールなどの普及である。

拝啓、敬具、前略、草々、という言葉遣いも、風薫る、麦秋、といった時候のあいさつもやはり日本人としては捨てがたいものがある。

夏ともなれば向暑、仲夏、盛夏、猛暑、酷暑、炎暑、大暑、処暑、残暑など続き、やはり暑い。その前に梅雨が明けなければならない。少なくとも7月26日前に明けなければならない。今年「柏崎海の大花火大会」はBS放送にて全国生中継である。

ですから今のうちに雨を降らしておく。春雨、紅雨、五月雨、緑雨、小糠雨(こぬかあめ)、夕立、にわか雨、秋雨、霧雨、時雨、氷雨、と雨に関する言葉は300も400もあると言われている。災害をもたらさぬよう適度に降っていただきたい。

自然を身近なものと感じ、花鳥風月を生活の中で楽しんできた日本人の感性を私は誇りに思う。私もそうありたいと願ってきた。

「思うわよう」というのは小笠原・青ヶ島で使われるお別れの言葉と聞いた。作家の重松清氏が地方紙で紹介していた。「さようなら」という意味、小笠原の海の青さと送る相手へのさまざまな思いが込められた素敵な日本語だ。

二進法、デジタル、コンピューター社会を止めようとしても無駄である。しかし、梅雨空に晴れ間を求め、七夕に織姫星、夏彦星の出会いを喜び、短冊に願いを記すような月の暦と太陽の暦が混ざった日本文化も魅力的ではないか。十進法、アナログ社会である。定見を持ち、かつ人情の機微に触れることができるようありたい、と自ら希望してきた。

今月、番神自然水族館の復活をまずはソフト事業から始める。箱眼鏡で水の中を眺め、柏崎の海の豊かさを多くの子どもたち、お父さん、お母さんに実感してほしいと思う。バーチャルリアリティーではなく、柏崎の自然を実感してほしい。自らが生まれ育った川の水を知るサケが戻るがごとく、人間も必ず、と私は確信している。

広報かしわざき平成30年7月号(ナンバー1192)

 親子孫(広報かしわざき平成30年6月号)

「サクライくん、これやるわ、アメ!」「これもあげる、ミルキー!」

かしわざき大使をお努めいただいている女優永宝千晶(ながとみ ちあき)さんご出演の芝居「怪談牡丹燈籠(ぼたんどうろう)」を観た会場でのことである。永宝さんのご両親も娘さんのために柏崎の芝居好きに声をかけ、会場は満席であった。娘への思い、いい光景であった。そんな中、私は未だ偶然居合わせた同級生の母親、近所のご婦人からアメを頂く56歳なのであった。

写真:市長と永宝さんが牡丹灯籠のポスターを二人で持っています。
芝居のPRに来られた永宝さん

私はA、B、C三人兄弟の父親である。長男Aは本来、関西で農業関係企業から内定を頂いていたが断念し、柏崎へ戻り、私が経営していた学習塾を引き継いだ。休みには柏崎の海、山、川、畑を楽しんでいる。次男Bは今年の春から社会人となった。三男Cはまだ学生であり、バイトをして、外国を放浪している。彼らにはそれぞれ小学生の頃、私のことでつらい思いを重ねさせた。先般、Bは初任給の大半を祖母たる私の母と私たち夫婦に手渡してくれた。祖母たる母は祖父たる父の仏前に供えた。

今年から子育て世帯、2世帯、3世代同居の住宅改修に補助増額をさせていただくこととした。小・中学校において指導補助員、介助員を大幅に増やし、教室にエアコンを整備し、教育環境を整えている。県内の先生方から柏崎赴任への希望が多くなってきたとも聞いている。子育て施策も充実させている。仕事だってたくさんある。なければ作ってください。起業支援もしている。U・Iターン情報は市役所1階、フォンジェ地下1階でも手に入るようにした。私も時々顔を出している。

洗練された田舎、とはそれぞれが自分の領域で今まで通りに「しがみつかず、とどまらず」量よりも質を目指し、會津八一(あいづ やいち)先生が仰る通り「日々面目あるべし」ということである。

柏崎はソクラテスのごとく無知を知り、いくつになってもアメを与えてくれるところなのである。

広報かしわざき平成30年6月号(ナンバー1191)

 歩け 歩け(広報かしわざき平成30年5月号)

「歩こう♪ 歩こう♪ わたしは元気♬ 歩くの大好き♪ どんどん行こう♬」(「さんぽ」中川李枝子作詞・久石譲作曲)

幼稚園や保育園でよく歌われるものである。いよいよ幼稚園モードか、と言われそうだが、好きなんです、この歌。

今年に入って私のスマホに万歩計が組み込まれた。一番歩いた日は4月11日、2万3451歩、18・5キロメートルである。東京出張の日である。霞が関の官庁街や永田町の先生方のところに陳情に伺うのだが東京ほど歩くところは無い。ちなみに柏崎で仕事をしているときは4千歩ほど、約3キロメートルである。

朝、渋谷で会議があるというので「よし!」と千代田区の宿泊場所から青山通り国道246を歩いて行ったこともある。約5キロメートル。出勤途中のパパやママが小さなお子さんを連れて、地下鉄駅まで急ぐ姿もあった。これが「保育園落ちた、日本…!」という実態なのだろうか。柏崎ならこんなことは無いのに、と少し同情したのである。

また、浜松市にある自動車大手の会社本社へも最寄りの駅から歩いて伺った。「へえ、こんな住宅街の真ん中を行くんだ」ほのぼのとした雰囲気で何か会社のイメージとも重なった。歩くといろいろなことに気付く。

柏崎の道端にはタンポポが明るく咲き、オオイヌフグリの可愛らしい瑠璃色に頬を緩ませる。今年はサクラも早かった。そして、よい季節になった。薫風、新緑。皆さん、歩きましょう。6月から健康ポイントも新たになり、ウオーキングも加わる。お得な特典も楽しめる。歩けば「当たる」のは犬だけではない。「さんぽ」の歌詞の通り、歩くことは少なくとも前向きである。新たな出会いもきっとある。

「どんどん行こう♪」

おおいぬのふぐり

広報かしわざき平成30年5月号(ナンバー1190)

 桜の季節に(広報かしわざき平成30年4月号)

「ちょっと、この文章よく分かんない! 説明してよ!」

先月書いた「仰げば尊し」について女房殿からのお言葉である。私は「ふむー」と考え込む。

「あんたの作文! 読んでるわよ! 毎月!」とは近郷近在の女性陣からのお声である。私は、喜び、「さくぶん!」と若干傷つくのである。

市長随想を書かせていただき始めて一年が経つ。早いものである。一年分を読み返してみたが実にお恥ずかしい限りである。「柏崎市長たるもの、このような文章を!」とお叱りの声が重なり届いているようであれば自ら身を引くので何卒のご了承を。

写真:満開の桜

さて、卒業式の次は入学式である。卒業式には歌と涙が付き物と先月書いたのだが、入学式にはやはり桜である。水源地も赤坂山もつぼみに紅が差してきた。

今年は雪も多く、皆さんにご迷惑をお掛けし、本当に申し訳なく思っております。

「あんた、そんが一生懸命やらんたって、そのうちに雪なんか溶けんが、待ってればちゃんと桜も咲くし」

2月、家の前で雪ホゲをしていたところ、90歳を過ぎてなお、かくしゃくとした御婦人からかけて頂いた声である。達観していらっしゃるのである。その溶ける雪に今年は8億円使った。私は「はあ」とため息をつく。

私の好きな言葉は前にも書いたが「雨の日に笑え」である。今年は雪の日に笑いっぱなしであった。ようやく柏崎も桜の季節を迎える。やっとだ。 なお、私はsakura桜にi愛を加えて、sakurai桜井である。また、お叱りの声を聴きそうである。二年目に入る市長随想も引き続き御笑覧くださいますようお願い致します。

広報かしわざき平成30年4月号(ナンバー1189)

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