地域の自慢づくり大賞(コミュニティ50周年記念企画)

柏崎市のコミュニティづくりが昭和47(1972)年度に開始されてから、令和4(2022)年度で50周年を迎えます。

これを記念し、あらためて地域の資源や歴史に目を向け、各コミュニティの自慢となるものを「地域の自慢づくり大賞」と題して1年間にわたり紹介していきます。

毎月の広報かしわざきに掲載した内容を随時更新していきますので、ぜひご覧ください。

ノミネート地域自慢

陣屋弁当(大洲地区)

江戸時代、紀州桑名藩が越後領の支配所として柏崎陣屋を大久保地内に築造しました。その当時の役人が記した日記は「柏崎日記」と呼ばれ、当時の日常生活が記されていました。柏崎日記に書いてある当時の食べていたものを再現したものが「陣屋弁当」です。

現在は、大洲小学校の児童が社会教育の一環で地域コミュニティと連携し、柏崎陣屋の学習や陣屋弁当づくりを通して、地域の歴史を学び地域への愛着心を育んでいます。

写真:江戸時代の「柏崎日記」に記されていた食べものを再現したお弁当。菜飯や煮しめ、はまぐりなどが入っています。

押しずし(谷根(上米山コミュニティ)地区)

戦国武将の上杉謙信が、裏街道を通り柏崎の枇杷島城(現:総合高校)へ赴く途中、谷根(上米山コミュニティ)地区に立ち寄りました。その際、振る舞われたものが「押しずし」の始まりだと言い伝えられています。

谷根の各家庭では「押しずしの押箱」があり、正月やお盆などの際に振る舞われ、郷土料理として継承されています。味は、各家庭でさまざまですが、上杉謙信のお墨付きなのは間違いありません。

写真:谷根地区に伝わる押しずし。具とご飯、笹の葉が交互に重ねられています。
写真:押しずしを作る際に使用する押箱

黒姫山の草花とブナ林でリフレッシュ(高柳地区)

黒姫山は標高891メートル。春の黒姫山は、1年で最も華やかな時期を迎え、木々の芽吹きと、雪割草・コブシ・ショウジョウバカマなどの草花が可憐な花を咲かせます。

高柳町からの登山口は、「磯之辺登山口」と「白倉登山口」があります。磯之辺登山口には、応援メッセージとイラストが書かれた札が木に付けられています。どちらもブナの原生林が美しく、心と体をリフレッシュできます。山頂からは苗場山、八海山などを望むことができます。

黒姫山の登山道の整備や案内看板の設置は「黒姫山を楽しむ会」の有志の皆さんによるものです。

黒姫山の山頂からの景色
山に広がるブナ林

八石山の三山縦走路開通30年(中鯖石地区)

八石山は標高518メートル。登山道は眺望が良く、地域の方が丁寧に整備しているため、家族連れでも気軽に楽しめるコースとして親しまれています。

八石山は上八石、中八石、下八石の三山からなります。30年前、中鯖石地区の八石山保勝会と体育協会の地域の力と柏崎工業高校・柏崎常盤高校の山岳部の若者たちの応援を得て城址から中八石の間、新しい登山道ができました。これにより三山縦走が可能になりました。

鯖石小学校の1年生も元気に三山を縦走し、山頂から見える日本海などの景色を楽しんでいます。

八石山の山頂からの景色
八石山の山頂で景色を楽しむ人々

つながる つなげる そば街道(半田地区)

半田コミセン近くの8号バイパスの事業用地には、可憐な「そばの花」が咲き、道行く人たちを魅了しています。

これは、平成23(2011)年度から、交通安全と環境保全を目的に、半田地域コミュニティ振興協議会が進めているものです。

平成24(2012)年度からは、鏡が沖中学校の生徒と連携し、協働事業として継続しています。

草刈り、種まきから収穫、そば打ちまでの1年を通した取り組みは、子どもたちにとって、貴重な地域学習の機会となっています。そばの花の見頃は、毎年9月から約1カ月です。

写真:道路沿いに咲くそばの花。白い花とピンク色をした花が咲いています。

花が大きい「信州大そば」と珍しい赤い花の「高嶺ルビー」の2品種を栽培

梅雨時期のお花見 —地域を結ぶ縁(剣野地区)

平成14(2002)年頃から、剣野コミセンの敷地にアジサイの花が毎年咲き誇ります。これは、剣野コミュニティ振興協議会さわやか縁化部などの活動によるもので、コミセンを利用される皆さんはもちろん、国道8号を通る皆さんにも癒しを与えています。

例年6月下旬に「あじさいまつり」が行われ、梅雨時期のお花見として楽しまれてきました。浴衣で参加した方に生ビールが無料で振る舞われたこともあったそうです。

アジサイの花言葉のひとつは「家族団らん」。人々に癒しを与えてくれる「花」は、地域をつなぐ大切なものです。

咲き誇るあじさい

「あじさい園(縁)」と呼ばれている花壇

愛らしい鯨がお出迎え 鯨波海水浴場(鯨波地区)

日本の渚百選に選ばれた鯨波海水浴場は、海の家や民宿も多く夏場は家族連れなどでにぎわいます。御野立トンネルの「かっしー」や「ざっきー」など、周辺では鯨たちが海水浴客をお出迎え。海のごみがたまりやすい遊歩道のトンネルざっきーは、鯨波小学校の児童などが清掃活動を行っています。

ざっきーの遊歩道を抜けると地替ヶ淵(じがいがふち)があります。地元では60~61年に1度、その淵が海水ではなく砂で埋まるという言い伝えがあり、昭和41(1966)年2月に2日間だけ砂で埋まりました。

それから60~61年後は、令和8(2026)年と9(2027)年。その頃、砂に埋もれた貴重な姿が見られるかもしれません。

ざっきーの遊歩道

遊歩道のトンネル「ざっきー」

鯨波海水浴場

鯨波海水浴場

遠浅な海岸と夕日 石地海水浴場(西山地区)

岸から35メートル地点で水深50センチメートルという遠浅な海岸で、お子さんを連れたご家族の海デビューにぴったりな石地海水浴場。

海水浴シーズン前に行う美石地(ビーチ)クリーンデーでは、地域内外のボランティアの方々が西山地区の石地・大崎・長浜海水浴場のごみを拾い、きれいな海を守っています。

石地海水浴場は、大きな夕日を見られるスポットでもあり、その大きさは日本一とか。ふらりと立ち寄って、海と大きな夕日を眺める…地元ならではの贅沢な楽しみ方ができるかもしれません。

柏崎には42キロメートルの海岸線に15カ所の個性的な海水浴場があります。意外と知らない地域の魅力を再発見してみませんか。

にぎわう石地海水浴場の様子

にぎわう石地海水浴場の様子

ビーチクリーンデーの様子

美石地クリーンデーの様子

刈羽節成きゅうり(西中通地区)

刈羽節成きゅうりは、西中通地区でしか栽培されていない希少な野菜です。一度は栽培が途絶えましたが、保存されている種があったことが分かり、地元農家で栽培が続けられています。

地元の小学生も一緒に、栽培・調理に取り組んでいます。

刈羽節成きゅうりは、歯切れがよく、独特の苦みがあることが特徴で、漬物に適しています。「にしなか菜々彩工房」では、刈羽節成きゅうりの漬物を全て手作業で販売しています。

地元小学生がきゅうりの調理に取り組む様子

イワシ(荒浜地区)

元禄の頃から荒浜地区で行われていたイワシ漁業は、村人総出での地曳き網漁で、主要産業であった漁網作りと併せて、人々の生活を支えていました。

海の恵みや美しい砂浜、漁業に関心を持ってもらいたいという思いから始まった「荒浜いわしまつり」は、地元の漁師とコミュニティが協力して開催しています。

荒浜地区の伝統料理は、新鮮ないわしを酢に浸し、ねぎや大根おろし、酢みそと和えて作る「いわしのぬた」。元気の源として、愛され続けています。

「荒浜いわしまつり」に参加する人々

おいな汁(南鯖石地区)

昔から南鯖石地区で栽培されている里芋(土垂れ芋)を手軽に食べてもらえるように作られたのが「おいな汁」。しょうゆ味をベースに、地域で栽培された新鮮な野菜がたっぷり入っています。南鯖石地区の里芋は独特な粘りがあり、ホクホク感が強いと言われています。

地元の小学生が里芋を栽培し、中学生がおいな汁の作り方を学習するなど、子どもたちも一緒においな汁の歴史をつないでいます。

おいな汁の作り方を学ぶ地元中学生

ふるどの彼岸花(高田地区)

高田地区の堀地内にある「ふるど」と呼ばれるため池。その美しい景観を保ち、地域の見どころとするため、地元住民が周辺の環境整備に取り組んでいます。

令和元(2019)年からは、高田コミュニティ振興協議会の環境部が中心となり、毎年ふるどの斜面に彼岸花の球根を植えています。4年間で植えた球根の数はなんと1万個以上!9月中旬~下旬には、鮮やかに咲く彼岸花を見ることができます。

他にも、ふるど周辺の植物調査を行うなど、環境保全への取り組みに力を入れています。今後は「ふるどマップ」も作成予定とのこと。

ぜひ一度訪れてみてください。

写真:堀にあるふるど。その奥に米山がそびえています

ふるどと米山

写真:ふるどに咲く彼岸花

ふるどの彼岸花

綾子舞(野田地区)

綾子舞は、女谷に約500年前から伝わる民族芸能で、昭和51(1976)年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。

綾子舞は「小歌踊(こうたおどり)」「囃子舞(はやしまい)」「狂言」の3種類で構成され、高原田(たかんだ)と下野(しもの)集落にある座元がそれぞれの芸風を守り、受け継いでいます。

また、両座元で組織する「綾子舞保存振興会」の指導により、南中学校区の子どもたちなどにも伝承されています。

市公式YouTubeチャンネルでは、令和3(2021)年度に収録した綾子舞の映像を見ることができます。

地域の人々が大切に受け継いできた綾子舞。その歴史を思うと、より一層魅力を感じられます。

写真:赤いゆらいをかぶり、扇を持って舞う振袖姿の3人の女性

下野の綾子舞

写真:赤いゆらいに天冠をかぶり、綾竹を打ち鳴らしながら踊る2人の女性

高原田の綾子舞

越後守護上杉家を支えた館城(上条地区、枇杷島地区)

柏崎は、室町・戦国時代の越後守護であった上杉家にとって、国府の直江津(現上越市)から中越、下越地方へ通じる交通路の要衡の地として位置付けられていました。

上条は、力のある土豪衆をけん制するために国府に次ぐ政庁として置かれました。初代城主は、結城合戦で室町幕府側の総大将を務めた上条上杉清方(うえすぎきよまさ(きよかた))です。

また、枇杷島城は、中世越後有数の港湾「柏崎湊」と「柏崎町」の支配と防衛のために、越後守護上杉家の直領として、一族や重臣が城主として派遣されたといわれています。城主は、NHK大河ドラマ「天と地と」で有名となった、上杉謙信の軍師宇佐美定満(うさみさだみつ)といわれています。

写真:上条城跡に続く道
写真:柏崎総合高校の一角にある枇杷島城跡を示す石柱

市内では最大級の北条城(北条地区)

北条城は、室町から戦国時代にかけて北条毛利氏が築いた山城です。

城は南北530メートル、東西280メートルの範囲に広がり、約300年間、その威光を放ち続けました。城主は、上杉謙信の重臣として上野国厩橋城(こうずけのくにまやばしじょう)の初代城主として派遣された北条毛利高広(きたじょうもうりたかひろ)や、高広の娘の子景広(かげひろ)といわれています。

日本に存在していたお城の数は、2万5千から3万ともいわれています。有名なお城だけでなく、ぜひ、地元柏崎の城跡を訪ねて、歴史的な魅力やそのスケールに触れてみませんか。

写真:森の中にそびえる北条城址の跡を示す石柱

貞心尼(中央地区)

柏崎駅から中央地区コミセンに向かう通称「潮風ロード」には幕末女流三大歌人といわれている「貞心尼(ていしんに)」の歌碑12基が建立されています。

貞心尼は、越後出雲崎出身の良寛と親交のあった歌人として知られている尼僧で、令和4(2022)年は没後150年目に当たります。現在まで語り継がれる歌人に思いをはせ、日本海へ向かって伸びるこの通りを歩くと、風雅で文学的な雰囲気を味わうことができます。

この他、中央地区には江戸時代に北国街道の宿場町として、商人で栄えた市街地に残る寺社や小路など、史跡名所が多くあります。柏崎市の温故知新の旅にどうぞお出かけください。

写真:駅前通に設置された貞心尼の歌碑

貞心尼の歌碑

写真:ソフィアセンター駐車場の一角にある貞心尼の銅像

貞心尼の銅像(ソフィアセンター)

献上場(南部地区)

西山には、日本三大油田の一つ「西山油田」があり「日本書紀」には「越の国より燃える水、燃える土が献上された」と記されています。

燃える水といわれた石油は、古くは草生水(くそうず)とも呼ばれ、南部地区の妙法寺には石油の湧出口である献上場(おんじょうば)があります。そこで行う採油式から始まる「草生水まつり」は、行列を組んで西山ふるさと公苑内の献上式会場まで運び、草生水を都にささげる場面を再現する地域の代表的な伝統行事となっています。

献上式では、今でもわずかに石油が湧き出ており、当時の状況が思い起こされます。

写真:献上場と書かれた看板

献上場の看板

写真:地面から石油が湧き出る様子。

石油が湧き出る様子

写真:草生水まつりの1シーン。白装束に身を包んだ男性が献上場で採油する様子

献上場で行う採油式

農業を支える貴重な水(北鯖石地区、田尻地区)

鯖石川沿いの北鯖石地区と田尻地区などの田んぼに水を届ける重要な施設に「藤井堰」があります。この堰は約430年前に当時の藤井村に造ったものが起源といわれています。

最初の堰は、文禄4(1595)年に新しい田んぼを開墾しようと、上杉景勝の重臣であった直江兼続が築造を指示したと記録が残されています。当初は、川底に打った杭に細い木の枝の束を組み、土俵を積んで造られた「草堰」と呼ばれる簡易なものでした。そのため洪水を受けては回収を行い、位置を上流へ移動させていきました。

正保元(1644)年には、刈羽郡奉行の青山瀬兵衛が元々の場所から1キロメートル上流の平井に10年がかりで頑丈な堰を造りました。新たな堰は土手の高さが4.5メートル、長さ1,278メートルと当時としては非常に巨大で、見た目が武士の鎧に似ていたことから「鎧堰」と呼ばれました。この堰の完成により、周辺地域は水害や干ばつから救われました。

現在の藤井堰は、昭和52(1977)年に完成し、農業用水の安定的な確保につながっています。先人たちの苦労の末に、地域の農業を支える貴重な水が供給され続け、毎年実りの季節には、おいしいお米が収穫されています。

写真:天保橋から川を眺めた風景

北鯖石コミセン近くの天保橋からの現在の風景。上流の関野橋付近に最初の藤井堰があったといわれる

鎧堰の想像図

平井に造った「鎧堰」の想像図

写真:周辺の地域を水害や干ばつから守る藤井堰

現在の藤井堰

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更新日:2022年12月05日