令和8(2026)年度の市長随想
このページは、「広報かしわざき」に掲載した記事をもとに作成しています。
海・山・川・マチで考える(2026年7月号)
クマが、立てこもった建物の中で水道の蛇口をひねり、水を飲み、窓のカギを開けて外に出た、らしい。
ホントに?と誰もが思った。
被害、犠牲者が相次ぎ、由々しき事態である。
「熊」は、もともと「能」という文字に由来し、尾を振り上げ、口を開けて襲いかかる動物、象形文字だという。
こんな感じだろうか。
考えてみれば深山にいて、限られたヒトだけがさまざまな「能力」に遭遇し、恩恵を受けてきた。
すみ分けができていた。
柏崎ではクマによる被害は出ていないが、駅前の銀行にカモシカが立てこもったことは全国ニュースとなった。
当該銀行は後始末が大変だったと聞く。
カモシカには山中でも何度も出会っている。
好奇心が強い動物でこちらをじっと見つめ、そのうち文字通りカモシカのような足で、逃げていく。
襲ってくるようなことはなかった。
熊にせよ、カモシカにせよ、その生態はおかしい。
柏崎の海ではハチメが全く獲れないと聞く。
従来見られなかったクロマグロの大群が根魚であるハチメを追いやっているとも聞いた。
マグロには厳しい漁獲制限がある。
一方、谷根川のサケは最盛期の十分の一以下だった。
クマ、カモシカをマチに追いやっているのはヒトである。
35度、37度という気温は子どもたちを海水浴場からエアコン完備のアクアパークやキッズマジックに誘導している。
そして、日本においてそのエアコンを動かしている電気の70%は二酸化炭素を大量に出す火力発電所由来である。
温暖化を進めている。
いったい私たちヒトは何をしているのだろうか。
夏、私の願い。
熱中症に気を付けながら、柏崎の子どもは海、山、川で遊んでもらいたい。
お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、お願いします。
一休さんはどこに(2026年6月号)
子どもの頃、一回だけお芝居をしたことがある。
一休さんと石燈籠の一人二役である。
近道となる橋の前に「はしをわたるべからず」と書かれた立札、困っている町人たち。
一休さんが「端(はし)ではなく、真ん中を歩けばよいのです」と率先して渡った、という頓智(とんち)話である。
もう一つは蟄居(ちっきょ)している「母上様」の庭に立つ石燈籠役である。
会いたいけれども会えない「母上様」を石燈籠になって見つめる、という凝った演出だったのか、単に人手不足だったのか、純真な子どもには分からず、ただじっとしていた。
その私も今となっては常に芝居を打つ、心悪しき大人である。
時の権力者、金閣寺を建立した室町幕府第三代将軍足利義満が「屏風絵の虎が時に抜け出し、暴れる。何とかしてもらいたい」と難題を出したところ、一休は「分かりました。捕まえますから早く虎を出してください」と応えたという話も有名だ。
そもそも頓智とは「智にぬかずく」つまり、なるほど、と頭を下げる当意即妙な知恵、機転、ユーモアをも含んでいると思われる。
先般、英国王がアメリカ合衆国で演説をなさったが、ユーモアに富み好評だったと聞く。
そこにはエスプリも混ぜられていたようだ。
『エスプリとユーモア』(河盛好蔵)は古典的な名著だが、フランス由来のエスプリはちくりと一刺しの皮肉、鋭角的なものがあり、イギリス由来のユーモアは自らをも含んで笑う共有的なものがあると思う。
「貴方はこんなことになるとは思っていなかったのでしょう? 地球温暖化なんてない! 油田を掘って、掘って、掘りまくれっておっしゃっていますが」
「その通りだ」
「この状況を日本語では中国の文字を使って、油断大敵、と言います」
私の遠吠えである。三休。
こどもの日に思う(2026年5月号)
随分前にタレントの小錦さんや狂言師の野村萬斎さんが出演されていた、文字通り日本語で遊ぶ、子ども向けのテレビ番組があった。
萬斎さんが繰り返していた「ややこしや」は「稚(やや)児(こ)しい」、赤ちゃんは大変だ、制御できない、というところからきている。
対義語は「大人しい」である。
一方、「おとなしい」に当てる漢字は「音無し」という場合もある。
つまり、思慮分別があり、静かな人が大人である。
世界では「大人しくなく」かつ「音無しくない」人間が世界を混乱に導いている。
もういい加減にしてもらいたい。
わが国もわが国である。
国の予備費を使って、ガソリンが安くなることや一部消費税が一時的にゼロになることを喜んでいいんだろうか。
柏崎は教育に最大限の力を入れている。
現場の先生方にも頑張っていただき、長年低迷していた柏崎の小学校、中学校の子どもたちの学力は県、全国平均を超えるようになった。
しかし、力を抜けばまた元に戻ってしまう。
本人たちの努力、家庭の応援、理解も大切な要素である。
もちろんみんながみんな大学に進まなくてもよい。
しかし、これからの時代、いずれの道に進むにせよ基礎学力は絶対的に大切である。
柏崎の子のみならず、ウクライナ、ロシア、イラン、アメリカ、ガザ、イスラエルの子のためにも、一刻も早い平和、学べる環境の回復が望まれる。
心より願う。
私たち一人一人が認識しなければならないと思う。
今年は薫風、新緑をことさら有り難(がた)く思う。
菜の花や月は東に日は西に(与謝蕪村)
ささやかな人生とランドセル(2026年4月号)
入学式、入社式。
日本では多くの学校、会社で4月始まりである。
よく言われることだが何で?
桜が咲く季節だから?
「やっぱり入学式は桜でしょ」と主張する方も多い。
確かに桜の花の下でランドセルを背負った男の子、女の子が家族と共に写真を撮るというのは日本ならでは。
美しい。
欧米はじめアジアでも9月始まりの学校が多い。
「おぬしらは桜が無いからのう」と時代錯誤の私はひそかにほくそ笑み、日本人としてささやかな優越感に浸るのである。
そもそも国と花をイメージするのは、オランダ・チューリップ、ウクライナ・ひまわり(ソフィア・ローレン主演の映画)、イギリス・バラ、インド・蓮、ぐらいである。
私的には。
ランドセルの母国?であるオランダでも学校は9月始まりであり、チューリップに囲まれたピカピカの1年生ということにはなっていない。
そもそもオランダの子どもはランドセルなど背負っていない。
軍用背負いカバンだった「ランセル」が訛って「ランドセル」になったという。
それも明治からのものだという。
さて「木を見て森を見ず」減税にうつつを抜かすヘイワニッポン。
世界は戦争である。
ウクライナが一方的な侵攻を受けてから4年が過ぎたが、いまだ平和は訪れていない。
そして、中東。
気候変動、温暖化は進み、入学式には既に桜が散っていたという地方も多くなってきた。
本当にこんなことでいいのだろうか。
「花びらが散ったあとの 桜がとても冷たくされるように…」
と始まる春の名曲、伊勢正三作詞・作曲の『ささやかなこの人生』を口ずさむのである。
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更新日:2026年07月03日