柏崎ファンクラブ10周年記念企画「私と柏崎」エピソード紹介

柏崎ファンクラブ創立10周年の節目に、ファンクラブ会員の皆さまの心に残る「私と柏崎」にまつわるエピソードをお寄せいただきました。忘れられない思い出の写真とともにご紹介します。
- 明らかな誤字ではない限り、お寄せいただいた表現のまま掲載しています。
- エピソードは、投稿者が記憶している当時の内容です。施設名称等は、現在と異なる場合があります。
- 写真のないエピソードが一部含まれます。
「私と柏崎」エピソードアワード募集要項 (PDFファイル: 138.3KB)
エピソード紹介(五十音順)
いとっとさん(40代・栃木県在住)

「10月に柏崎でマラソン大会があるんだけど一緒に走らない?」
会社を辞めて地元に帰った友人と数年ぶりに話していたらそんなお誘いを受けました。柏崎のことは何も知らなかったけどひさしぶりに友だちにも会いたかったので大会に申し込んで10月に柏崎へと行きました。
小雨がぱらつく中で走ったハーフマラソンはほんとうに大変だったけど無事完走。海沿いの風景がすごくよかったことや沿道でたくさんの地元の人たちが応援してくれてたことがとても嬉しかったこと、そして走り終えてからソルト・スパ潮風で汗を流したときの気持ちよさに感動しました。
マラソン大会の前後には友だちが柏崎市内をいろいろ案内してくれて海のある風景も含めてほんとうにいいところだなと思い、これまた感動しました(普段は海なし県に住んでます)。
それ以来、毎年柏崎マラソンには欠かさず参加していますが、毎年柏崎の良さを再確認してから帰ります。
柏崎で一番好きな眺め
一年の目標
石黒真弓さん(50代・柏崎市在住)
柏崎といえばぎおん柏崎まつりです。とくに25日は子供の頃、午後4時すぎから自宅の前を、本町通りに向かって参加する企業や各町内団体の神輿や山車が通っていきました。
私の家は、美容室を経営していて、前を通る団体がご祝儀集めでお店に入ると母は何枚か用意していた祝儀袋を渡していました。
その当時は本町通り(子供のころは「まーち」)は、活気があり各町内や企業の神輿や山車、お囃子の台車が沢山参加していました。見物客も多くとても賑わっていましたし、当時本町通りにあったホテルの部屋から観光客が上から見ていたのを覚えています。参加できる年齢になると、自分の町内や、他の団体のお神輿を担いで楽しみました。(今でも担いでます)
柏崎は長岡まつりと違い、お神輿のほかに毎年違う山車を作って参加している町内もあり、今年はなにを題材にしているのだろう?と見るのが楽しみでした。
自分の町内も、父が生前の頃は6月初めから毎週山車を作成するのを楽しみにしていて、当日も子供たちが山車の上でその当時の流行りの曲でお揃いの衣装で踊っている山車をニコニコ引いていました。
数年前から自分の町内含め参加をやめてしまった町内が多くなりました。活気のある柏崎がまた戻りますように。
小倉凌さん(20代・柏崎市在住)
17歳、仲間と踏み出した最初の一歩
17歳の私は、柏崎を「特に好きではないまち」だと思っていました。卒業したら県外へ出る。そう決めていた私の心を動かしたのは、高校2年生の起業家教育で出会った若手起業家からの「今すぐ挑戦しよう!」という言葉でした。
背中を押され、まちのためのイベントを企画し、同級生5人で学生団体「の~あくせる。」を結成。仲間と悩み、笑いながら活動するうち、見慣れたはずの柏崎の景色が少しずつ違って見えてきました。柏崎を好きになったのは、誰かに魅力を教わったからではなく、このまちで仲間と夢中になれたからでした。
その後、まちづくりを学ぶため金沢大学へ進学。大学を休学してワクシードを創業し、2025年春、柏崎へ帰ってきました。
今は、かつての私のような若者の「やってみたい」を応援しています。あの日、私の心にまかれた挑戦の種に、今度は私が水を与え、次の世代へつないでいく。
それが、私と柏崎の物語です。
あの日もらった勇気を、今度は次の世代へ
現在の小倉さん
古比塚Dさん(50代・新潟県在住)
2月7日、御弓始めの二田物部神社
私は柏崎の生まれであるが、父の都合で幼くして郷里を離れたため、お盆の墓参りで訪れる暑い町という印象であった。しかし、数年前に新潟から高速通勤をすることになり、改めて柏崎を見つめ直す機会を得た。
越後二の宮、二田物部神社を知ったのはそうした折であったが、豪雪時期2月7日の御弓始めに関わることになるとは想像だにしていなかった。
御弓始めは誰でも参加できる神事で、二田コミュニティの皆さんが大勢集まっておられた。
はじめに神主さんが模範を示すと、順番に雪上の的(裏に「鬼」の文字)を射る。
これまで弓を引く経験がなかったので、弓道部だった娘にコツを教わった。矢が弦から外れて思うように引けなくても、皆さん温かく応援してくださった。
そのお蔭もあってか、その年の一等を頂戴することができた。弓始祭記録に名前が記載され、今後100年間保存されるという。
母方の祖父は長嶺の人で、そうした縁もあってのことと望外の喜びであった。
全集中で一射!
鬼退治成功
シゲヨちゃんさん(70代・栃木県在住)
変わらぬ米山の風景
高校の中間試験が終わった後は米山登山でした。
久しぶり同期会で柏崎に帰った時も電車の中でも、駅からもホテルでも確認したのは米山でした。
真貝俊輝さん(20代・新潟県在住)
ラストのたる仁和賀祭り2026諏訪町2丁目
私の柏崎市の忘れられない思い出は、ぎおん柏崎まつりのたる仁和賀まつりです。
私は小学3年生の頃から参加させていただきました。当時流行したアニメの曲などにみんなで振り付けを加えて踊ったり、曲に合わせて太鼓を叩いたりしてステージ上で披露していました。
練習は市民プラザや近くの集会所で行いました。練習は保護者の方々の指導もあり、結構ハードなもの(笑)でしたが、練習後の町内の友達とのゲームや保護者の方が奢ってくれるジュースなどを励みに頑張ったことを覚えています。
本番は緊張しましたし、ステージ上で踊るから若干恥ずかしい気持ちもありましたが、年数重ねるごとに慣れてきました。人前で物事を披露する際の自信につながった良い経験だったと思います。
今思えば、祭りで友人もたくさん作れましたし、小学生の3年間でしたが、かけがえのない思い出でした。
山車を自分たちの仕事もありながら本番までに製作して、本番は子供達を乗せて押してくれた大人の方々も今思うと、社会人になった今では感謝の気持ちで一杯です。
最高の夏をありがとうございました!
ラストのたる仁和賀祭り2026諏訪町1丁目
たる仁和賀祭り2026よさこい
田平銀蔵さん(60代・千葉県在住)
高校の修学旅行(金閣寺裏門下り階段)
左端がI先生、左から2番目が私
今春京都への旅行中に起きたエピソードです。
お決まりの京都観光定番コースを回るついでに高校の修学旅行時に先生と一緒に記念撮影を撮った場所に約50年ぶりに行ってみようと思い哲学の道界隈を探しましたが結局見つけられずあきらめて、観光を続けていると金閣寺の裏門でその場所を発見。
撮影した場所は、私の思い違いで哲学の道ではなく金閣寺の裏門階段付近だったのです。
当時と同じ場所で写真を撮り、帰る途中に駐車場で一息ついていたらなんと目の前に止まっているタクシーの貸切り顧客名に「柏崎市立〇〇中学校」と貼ってありました。旅先での奇遇な出来事に夫婦で勝手に盛り上がりました。
そして2日目。清水寺が大混雑していたため急遽予定を変更し三十三間堂に行ったのです。今度は駐車場に観光バスが3台駐車しており、「また柏崎だったりして」と冗談を言っていたら、なんと団体名は「柏崎市立〇〇中学校様」。
2日連続のサプライズに夫婦で再び盛り上がっているとバスガイドさんが声をかけてくださり昨日の話をしているうちに、生徒さんたちが戻ってこられたので、生徒会長さんや先生としばしの柏崎談話をしたのち、名残惜しくも夫婦で3台のバスを見送りました。
今回の件は、偶然とはいえ本当に不思議な出来事でした。18歳で上京してからもずっと持ち続けた望郷の念が旅先で故郷の学生とめぐり合わせてくれたのかなと思っています。
これからもどこにいても柏崎人であることを忘れずに、故郷である柏崎を応援し続けて行こうと思います。
思い出の場所で
三十三間堂
生徒会長さん、先生と柏崎談話をした後、観光バス3台を見送る
トキちゃん倶楽部会員さん(50代・東京都在住)
昭和の終わり頃、私は柏崎常盤高校を卒業しました。
高3は女子クラス(当時7クラス中3クラスが女子だけのクラスでした)、担任は村山先生、あだ名は村山ティーチャー。小柄だけどパワフル。英語教育もクラス担任としても全力な先生でした。「辞書はみんなの友達だ。辞書は何でも知っている」が口癖。
平成の初めに村山ティーチャーの訃報の噂を聞いた。常盤卒業時に葉書が配られ、先生にお手紙書くように言われていたのに、書かなかった。就職した後、名刺を持って、先生を訪ねればよかった。後悔でいっぱい。私にとって一番の恩師。先生、不義理で本当にごめんなさい。いっぱいいっぱい感謝してます。
この感謝が少しでも村山ティーチャーの供養になるといいなと思います。
なおこさん(50代・埼玉県在住)
アイラブえちゴン
私にとって柏崎は、なくてはならない特別な場所です。
私は今埼玉に住んでいますが母の出身が柏崎で以前祖母の家があり小さい頃から夏は柏崎に来ていました。
柏崎の全てが私にとって思い出の詰まった大切な場所です。大変な時、辛い時、疲れた時、柏崎の風景を心の中に思い出します。
海の綺麗な番神での海水浴、素晴らしい日本海の夕日、青海川駅の静かな景色、米山大橋、恋人岬、赤坂山公園、祖母の家どの景色も大好きで心が穏やかになり、落ち着き、自分を取り戻せます。
今年は潮風マラソンと花火大会にも参加出来ました。マラソン大会はアットホームで心のこもった応援が素晴らしかったです。
海の花火大会も迫力があり、最高でした。私は柏崎という素晴らしい街と出会えた事に感謝しています。
そして、これからも柏崎を応援し、柏崎をずっと愛していきます。私の心の中にはいつも柏崎がいます。
大好きな番神
アットホームなマラソン大会
夏生まれ祭り育ちさん(20代・柏崎市在住)
お父さんたちの仮装
私の忘れられない思い出は、ぎおん柏崎まつりの「たる仁和賀パレード」です。
幼い頃から毎年楽しみに参加していました。お母さんたちは衣装や小物を準備し、曲の振り付けを考えてくれて、お父さんたち青年会は、子どもたちが乗って太鼓をたたく山車を作り、当日はその年の流行を取り入れた仮装で大いに盛り上げてくれました。そんなユーモアあふれる仮装で、すれ違う団体や沿道の皆さんを笑顔と拍手に包み込む姿は、私の自慢でした。
沿道では、祖母が毎年楽しみに応援してくれ、その笑顔が私の励みでした。そんな思い出が詰まったたる仁和賀も、少子化の影響で今年が最後の参加となりました。この最後の年に、夢だった「夫婦で参加すること」を叶えることができて良かったです。
この祭りを通して関係人口の大切さも実感しています。伝統を受け継ぎ、夏の思い出をつくってくださった町内の皆さんに、心から感謝しています。
この思い出は、私の一生の宝物です。
すわにの山車
町内回りの集合写真
はるみさん(50代・山梨県在住)
我が家は柏崎花火が大好きです。
ここ数年、行っていますが花火は勿論、スタッフの対応が、とても良いです。
いくつか花火大会には行きますが柏崎に勝る所は、ありません。
今年は天気が微妙ですが頑張って下さい。
今年も行きます。
本間光一さん(50代・柏崎市在住)
12年間の通学路
私は柏崎小学校を出て第一中学校に進み、さらに柏崎高校へと進学しました。
北園町からの通学だったので、12年間まったく同じ道を通学路として歩いてきました。小学校の時には、退校時刻を知らせる「G線上のアリア」が黄昏の校舎に響き、街の夕景と相まって、自分が天国に居るかのような気持ちになって一人で感動していたのを懐かしく思い出します。
いま本町通りは当時と全く異なる景観ですが、私の中では当時の本町通りの記憶が褪せる事はありません。
クリスマスには街中にジングル・ベルが流れ、歩いているだけでワクワクしていました。親戚が駅前通りで「こづちや」という仕立ての店を営んでいたので、よく遊びにも行きました。
今はネットで何でも買える時代なので仕方ありませんが、当時の街の賑わいは本当に良かったです
みゆたそさん(20代・神奈川県在住)
大好きな鯛サブレ
私にとって柏崎は、祖父母の家があって、幼い頃からずっと親しんできた大切な場所です。
毎年、夏になると番神の海で泳ぐのが楽しみで、浮き輪でぷかぷか浮かんだり、シュノーケリングで海の中を覗いたりしていました。 弟と虫取りに夢中になって、自然の中を走り回ったことも忘れられない思い出です。
海や山の豊かな自然はもちろん、近所の人との距離が近くて、あたたかさを感じられるところも柏崎の大好きなところです。
大人になった今も変わらず、えちゴンのぬいぐるみやお箸を愛用し、ファンクラブにも入っています。今年の結婚式の前撮りでは、大好きな柏崎の「たいサブレ」と一緒に撮影しました。
幼い頃からの思い出がたくさん詰まった柏崎は、これからもずっと私にとって大切な場所です。
大好きな番神!
おじいちゃんとサンポ
やっさんさん(60代・新潟県在住)
夫が転勤になり、一緒について行った柏崎。そして初めての夏に中越沖地震に被災しました。
本当にまわりは、知らない人ばかりで不安な中、当時のご近所さんが「自販機の電気は通ってるはず」と車に同乗させてもらい同行。運よく自販機で飲み物手に入れコンビニは凄い人で無理。ほか弁はこれも運良く「何種類かしか出来ないけど、出来るよ」と皆で家族分手に入れました。
又、数日後市役所(手続きで行った)で「おにぎり、飲み物知り合いにあげて」と言われ支援物資をご近所に配りました。色々有り、話した事も無いご近所さんとは仲良くなりました。
その後はバーベキューをしたり、奥様達だけの女子会をしたり大変だったけど楽しかったです。ただ夏場の「断水でトイレが流せない」と言うのが強烈な思い出で、その後トイレにはペットボトルの水の備蓄が沢山おいてあります。
この記事に関するお問い合わせ先
総合企画部 元気発信課 移住定住促進係
〒945-8511
新潟県柏崎市日石町2番1号 市役所 本館1階
電話:0257-47-7333/ファクス:0257-24-7714
お問い合わせフォームはこちら







更新日:2026年10月02日